書簡・物語・会話・抜粋・詩・放送・再び書簡・手記

・書簡
「ドォートヌイ、僕は何度でも君に伝えておかなくてはならないんだ。
 僕らの存在が例えばすべてこの星から消え去ったとしても、
 君は、それはただ、いつかの先カンブリア時代と同じように、
 以前の静かな地球に戻るだけだとそう考えていると言ったね。
 しかしそれは違う。
 失われるということは――本当に失われるということはそんな生易しいものではない。
 人が死んで墓のなかに葬られるようにはそれは起こらない。
 死を迎えて安息した僕らの魂の全てが引きずり出されて、そして何百年、何万年、
 果てしなく続く拷問にかけられることになるんだ。
 そうならないように、ドォートヌイ、僕らは美しく生きるんだ、
 一人一人のやり方で、しかし美しく!」


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・物語
 未来、あるところに科学者がいた。
 彼はそれほど天才的というわけではなかったが、
 小さな間違いを見つけたり直したりすることが非常に得意だった。
 そこで彼は、以前研究されたが、結局失敗し、
 打ち捨てられた多くの研究の中から、間違いを見つけ出し、
 それらを再びよみがえらせる、という仕事をしていた。
 あるときから、彼は一つの機械の製作に没頭することになった。
 偉大な先人たちの手によって、理論は既に出来上がっていた。
 当時には足りなかった技術が、他の分野で成功したことで、
 その古い機械はそのときになって、ついに完成されることになった。

 
 それは、ある一定の感情を人間に呼び覚ますものだった。
 音波、電磁波、そのほか様々な刺激を与えることで、
 機械は人間に一つの感情を、何度でも呼び起こさせる。
 その感情とは、
  ―『自らの子供が生まれたその日の気持ち』である。

 
 今まで子供を持ったことのない人でも、性交渉すら持ったことのない人にも、
 自分自身小さな子供にさえ、その喜びを沸き起こすことが出来る、
 そうした機械だった。
 しかしそれは売れなかった。
 ただの一台も売れなかった。
 だからこの星は焼け野になった。
 焼け野になったんだ。


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・会話
 「ああ折り紙だね、きれいな折り紙だ、ねえ、君の知らない折り方を僕知ってるよ」
 「あら笛ね、美しい音色だわ、ねえ、あなたの知らない吹き方を私知ってるの」
 「じゃあ秘密のままにしておこう」
 「ええ、秘密のままにしておきましょう」
 『ずっとずっと、ずっとずっと』


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・抜粋
 今日難民キャンプで会った少年は15歳でした、
 この子は8歳から少年兵にさせられたと言っていました。
「少年兵だった頃のことを考えてみたことはありますか?」と聞いたら、
「今は悪いことだったと思っています」と言いました。
 でも8歳のこどもに銃を持たせた大人が悪かったのです。
 人を殺すと「よくやった」とほめた大人がいけないのです。
 こどもは大人にほめられれば、嬉しくなってもっとほめてもらおうとするのです。


 ―黒柳徹子コンゴ訪問によせて」


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・詩
 大空小空    羽ばたくノーラ 
 お前の骨は   かたくて強い
 想像小象    ミソサザイの鳴
 お前の命は   はかなく弱い

 
 紫は雀に    かごかぶせ
 逃がした犬姫は 草を駆け
 我の息吹が   わが命
 正など見えぬ  義は知らぬ


 燕麦やって   そり引いて
 土地をもらいに ゆきましょう
 痩せて乾いた  土地だけど
 おいらが耕し  子も孫も

 
 寝る間も惜しみ 黄金の
 穂の実る秋   待ちわびて
 ああ夢に見る  かの土地や
 我生きる意味  そこにあり


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・短歌
 ジパングは はやまぼろしの国ならん 黄金の魂蒼天に染め


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・放送 (1938年・秋)
「きたる十月十七日の午後二時より、わが国のチェロ奏者、
 パブロ・カザルス氏の演奏がラジオにより放送されます。
 スペイン共和政府は全国民に、演奏の行われる二時間は、
 共和国領内での作業は全て休むように、すなわち工場労働者は工作機械を置き、
 役所の仕事も中断し、全人民が音楽に耳を傾けるようにお願い申し上げます。」


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・再び書簡
「これが最後の手紙になるでしょう。
 以前、少しだけお話したと思いますが、僕の家はこの世界の果てのそばにあります。
 家の裏には、小さな柵があるのです。
 その柵は、この世界と、別の世界とを隔てている柵なのです。
 遠めに見ればそれはなんの変哲もない、どこの牧場にもある木の柵で、
 高さは1メートルほど、それほど高くもありません。
 この柵を飛び越えさえすれば、向こう側の、新しい世界の住人になれるのです。
 ただし、もしも飛び越えようとして、この柵にほんの少しでも触れてしまえば、
 ―命はありません。


 たった1メートルの高さの柵。
 子供だって飛び越えられるとお思いでしょう。
 しかし僕は今まで何人もの人が、この柵に触れて死んでゆくのを見たのです。
 飛び越えられる人の方が少ないくらいです。
 何か、こちら側の世界に残している未練のようなもの、
 それが背中を引っ張るのでしょうか。

 
 僕は、ずっと、こちらの世界に暮らすことに不満はありませんでした。
 別の世界に行く必要なんで感じなかったのです。
 だから沢山の人々がここを訪れ、命をかけて柵を飛び越えようとすることが、
 不思議でたまりませんでした。
 一体どうして、死の危険を持ってしてまで、変わらなければいけないんだろう?
 別の世界に行くことが、別の自分になることが、なぜそんなに大切なんだろうか?
 僕らはまだ、あの難問、『生きるべきか、死ぬべきか』という、
 偉大なシェイクスピアが示したその問題ですら解きかねているというのに。
 

 だというのに僕は、そう、やはり僕も、あの柵を越えようと決めたのです。
 これが真実とは到底思いませんが、僕に、そしてきっと多くの柵に挑んだ人々にとっては、
 『生きるべきか、死ぬべきか』ということよりも、
 『変わるべきか、変わらざるべきか』そのことの方が大きな問題なのでしょう。
 あの柵を飛び越えるということは、今の僕にとっては、
 雛鳥が初めて巣から飛び出すことのように思えるのです。
 飛べなければ、地面に墜落して死ぬでしょう。
 柵の意味は、もしかしたらそういうことなのかもしれません。
 今日は空がとても高い。飛ぶにはもってこいの日です。
 この手紙を出し終えたら、僕はそのまま、柵のむこうへと向かいます。


 さようなら、お元気で」


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・手記(シャガール展を訪れた際にノートに走り書きされたもの)
 『天使は実存する』