レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』より
旅よ、夢のような約束に充ちた魔法の小箱よ
お前はもうお前の宝を無垢のまま与えてはくれまい
異常な発育を遂げ、神経のたかぶりすぎた一つの文明によって乱された海の静寂は
もう永久に取り戻されることはないであろう
熱帯の香りや生命のみずみずしさは
怪しげな臭気を発散する腐食作用によって変質してしまっている
この腐食作用はわれわれの欲求をねじ曲げ
われわれはやっきになって半ば腐った追憶を拾い集めることになるのだ
南の海深くずっしりと錨を下ろした航空母艦に姿を変え
アジア全体が病んだ地帯の表情に変わり
貧しいバラックの町がアフリカを蝕み
アメリカ大陸やメラネシアの天真爛漫な森が処女性を破壊されないうちからすでに
商業用・軍事用の飛行によって空から汚されている今日
旅行による逃避と称するものも、われわれの歴史のもっとも不幸な姿に
われわれを直面させるだけのことしかできないのではないだろうか
西洋のこの偉大な文明は、われわれが享受している数々の素晴らしいものを創りだしはしたが、
しかしその陰の部分を生むことなしにはそれに成功しなかった
西洋文明の生んだ最も高名な作品
―窺い知ることのできない複雑さで、さまざまな構造が入念に組み合わされている原子炉―
の場合のように、西洋の秩序と調和は
今日地上を汚している夥しい量にのぼる呪われた副産物の排泄を必要とするものなのである。
旅よ、お前がわれわれに真っ先に見せてくれるものは
人類の顔に投げつけられたわれわれの汚物なのだ
―レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』より