UT-ESS-DRAMA Spring production2012 "Funny Money"

 東京大学ESSドラマ・セクション「ファニー・マネー」を観劇。

 原作はイギリスの劇作家レイ・クーニー、初演は1994年だそうです。

 主人公ヘンリーが取り違えてしまったスーツケースには大金が。スペインに高飛びしようとする彼と、慌てる妻、そこにヘンリーの誕生パーティにやってきた友人夫婦、ヘンリーを怪しんで現れた警官、高飛びのためにやってきたタクシーの運転手も交えて、金をめぐるドタバタが開幕。

 舞台はヘンリーのマンションの一部屋だけ。暗転もほとんど無く、話の筋も段々とややこしくなる人物たちの会話をひたすら描いたもので、後から振り返ってみるとそれほど起伏は無いように思う。それでも飽きさせないのは、功名に仕組まれた物語のタイミング・緊張感から生み出される珠玉の笑い。特に序盤で重要な役を演じるヘンリーの妻ジーンの好演が光っていました。冒頭から数十分はほぼヘンリーとジーンの二人で話が進展するのですが、二人の仕草、リアクションは非常にうまく作られていたように思います。「イギリス喜劇風」というのがどういうものか体験した訳ではないのですが、そんなイメージ。
 それよりもすぐに思い出すのは、テレビの海外シチュエーション・コメディかな。舞台を大またで横断して、パッと止まり台詞。登場人物が始終緊張した状況に置かれていることもありますが、英語にも関わらずその感情がダイレクトに届いてきたように思います。二人も、そして他の役者も堂々としているばかりか「はまり役」と感じさせられ、とてもただ一度の公演とは思えませんでした。

 もう一つ感心したのは舞台美術と衣装。壁にかかっていた絵画や陶器も雰囲気の良く出た自然な空間を作っていました。前回のレ・ミゼラブルの時は舞台美術には圧倒されました。今回はそうした驚きがあったわけではないのですが、その分作りこみが感じられました。
 照明では、オレンジの照明からちょっと白いのに変えたので雰囲気の違いを表現していたのは面白かった。一方で、ラスト付近のストロボでの効果、スローモーションの演出はちょっと外れたようにも思いました。ここまでイギリス風(と呼んでいいかは分かりませんが・・・)の空気が出来ていたのに、少し漫画的な安っぽい笑いになってしまったように思えたからです。(といいつつ客席の歓声に引っ張られて大笑いしてしまったのですが)
 スレイター刑事の「・・・死にました」という台詞と、顔をしかめてうなずく動作のシークエンスが何度も繰り返された際の笑いも、なぜかちょっと引っかかったように思います。英語で演じられているのに、なぜか「日本的」な笑いに思えて、ギャップを感じたからかもしれません。

 音響はボリュームや音質と舞台とのバランスが少し悪かったように思います。台詞の邪魔になっていた部分あり、またクラシックの選曲はより古いタイプのコメディを感じさせて、もう少し現代的な雰囲気とマッチしてないように思ったからです。(あと細かすぎて嫌味かもしれませんが、劇が始まる際に使われたガーシュインは「アメリカ音楽の代表」と言われてるのでロンドンが舞台の劇に使うのは微妙かと)

 コメディを英語で、というのは難しいことだと思います。字幕に助けられているのは確かですが、それでも役者の演技は上に書いたように十分この劇の魅力・笑いを伝えていたと思います。

 一方で指摘するとしたら、劇のリズム感の悪さがありました。3月に観劇した野田英樹の「THE BEE」の出だしは少しこの劇に似ています。サラリーマンが帰宅すると、自分の家族が殺人犯の人質となり、刑事に止められ慌てる・・・というもの。これも最初にひたすら慌てる主人公のドタバタが描かれますが、序盤のものすごい疾走感からゆっくり、ゆっくりとリズムを落としていく感覚が素晴らしく、現実の時間から、劇の中の時間の進み方に身体の感覚があわせられていくのを感じました。

 それと比較すると、今回の舞台は全体的にダラダラとした進行に見えました。想像ですが、原作者の舞台ではより疾走感があったのではないかと思います。全編を通して笑いはありましたが、爆発的に笑えるシーンが思い出せないのは、メリハリが弱かったせいでしょうか。
 原作を見ていないのでこれも想像になりますが、本来はグロテスクに思えるようなシーンもあったのではないかと。金を目の前にして、ヴィック、ベティ、また警察官とのやり取りを全て金で解決しようとするヘンリー。また「昔のあなたの方が好きだったのに」と嘆くジーン。
 特にこのジーンの迷いが最後では投げ放しになっていたところに違和感を感じました。いつのまにかヘンリーの案に乗り、単にベティへの嫉妬のようなものからバルセロナに行くことを了承しているジーン。彼女がウイスキーを口にしたのは、おそらく最初は夫が変わったことへの悲壮からのはずだったのに、いつのまにか考えが全くない単なる酔っぱらいの演技へと変わってしまったように思えたからです。

そうした笑いの陰に隠れている皮肉や迷いの要素が、ドタバタの中ですっかり無くなってしまい、ラストシーンの分かりやすいハッピーエンドで吹き飛ばされてしまったことが引っかかりました。演出によっては、あのシーンを皮肉を含ませて、グロテスクに見せることも出来たと感じたからです。

 色々書きましたが、前回のレ・ミゼラブルとは何もかも違う舞台で、ESSの幅広さに驚かされました。次回は何を見せてくれるのか、という期待を強く感じます。