劇団スイッチ第二回公演「泣きたいみたいだ」感想


 ―脳が腐り始めたから…―ジュリエット―生殖器官の無い―永遠の処女―


 死刑囚を迎え入れる刑務所で働く看守Aは、熱意ある男だった。どれほど凶悪な犯罪を犯した殺人者でも、そこで死刑を待つときになれば、もはや罪のつぐないを半ば果たした存在である。刑の執行までの間、社会がどう言おうと死刑囚を保護しよう、それが看守Aの信条だった。
 ある日、そこへ空前のシリアルキラー、10年間で17人を殺した殺人鬼である死刑囚Aが現れる。彼の「親代わり」となろうとする看守A、無理に精神鑑定を行おうとするカウンセラーからも彼を守ろうとする。しかし、死刑囚Aには無実の可能性があると分かり、物語へは暗雲が立ち込める。
 死刑囚Aの見る悪夢、その狂気に看守Aも冒されていく。無実の可能性は、実は精神鑑定医がカウンセリングをするために張った罠だった。狂気と悪夢に舞台は満たされ、語り手であった看守Aはもはや物語をつむぐことが出来なくなる。

 これまでに駒場で見たものの中では、もっとも生理的に訴えかけてくる舞台でした。まず特徴的なのは、オケピットならぬ「バンド・ピット」舞台の右端にキーボード、ギター、ドラムがすえつけられ、BGMが実際にここで奏でられる。この形式を僕が見たのは、ミュージカル「RENT」の日本語版だけ。駒場小劇場はこんなことも出来るんだなー、という自由度と、それを実際に形にした劇団には拍手。
 演奏されたのは、劇がそうだからだけど「不穏」の一言につきる楽曲たち。(おそらく)オリジナル楽曲で、劇のために作曲されたのでしょう、舞台の雰囲気とピタリと合う。劇の中では「狂気」が表現されるのだけれど、確かにこれは生バンドの演奏でなければ十分なものにならなかっただろうと感じました。人間・ライブだからこその、リズムの微妙な揺れ、盛り上がり。特に終盤、それまで理性の塊として物語をリードしてきた看守Aが次第に狂い始める場面で生きていました。言葉ではかけない、胸の辺りをかきむしりたくなるような感覚、背筋がぞわぞわする感じが一番印象に残っています。

 全体でもその「狂気」を表現する工夫がありました。そもそも看守Aが客席に向けて「語りかける」物語の語り手、という形式を取っていることがあります。他の登場人物たちは、彼の同僚や妻を含め、どこか奇妙さや、もろさを抱えているように見える。だからこそ観客は最も強固な看守Aを信じざるを得ない。しかし、物語の終盤でこの看守Aが悪夢にうなされ、狂気に冒されるようになると、舞台全体の何を信じたらいいのか分からなくなり、こちらまで強い不安に襲われます。精神科医の「面白いからですよ!」という台詞に続く笑い声は、看守Aを通して、まるで自分に向けられているように感じました。

 物語は、サイコ・サスペンスと言ったらいいのかな……狂人の死刑囚は「羊たちの沈黙」なんかを思い出します。一つ一つのエピソードは様々なホラー作品を思い出させるのだけど、そこへ死刑それ自体の問題や、狂気、奇妙な精神科医、死刑囚Aの内面世界などを組み合わせることで、独自の物語を作っていました。
 
 不穏さをほめる、というのもおかしな話ですが、そうした独特の雰囲気を伝えることに成功していたと思います。
 

 一方で物足りなさも大きかったです。一番はバンドの使い方で、登場人物に「ファン」というのがいるから、死刑囚は元はロックスターか何かで、歌を聞かせてくれるのか、というのは僕の勝手な勘違いですが、せっかくのバンド・ピットをBGMのみにしてしまったのは残念。そこにバンドがいるということを、物語の中の必然にして欲しかった。上に書いたように、確かに生バンドならではの空気作りはあったのですが、そこにバンドがいることの違和感もかなり大きかったです。また音響も良くなかったと思います。バンド内のバランス、舞台・空間とのバランスがまず悪く、スピーカーのせいか、音作りのせいか、かなりチープに聞こえてしまっていました。

 劇全体を見ると、技術面でも粗さが目立ちました。演技や仕草は「板についていない」という感じで、台詞に詰まる場面もあって、自然な掛け合いには遠かった。また「狂気」の表現から、様々な場面で笑い声や叫び声、また多くのキャラクターの追い詰められた演技があったのですが、これもわざとらしさを感じました。上記の、ラストでの看守Aの反転の部分は非常によかったのですが、前半ではそうした笑い・叫びが出るために冷めた気分になりました。

 また、サイド・ストーリーが少なく、劇が閉じている印象が強かったこと、登場人物たちの名前が「看守A」「死刑囚A」のように記号で表現されているのだけど、そうした記号化が名前だけに留まって、それほど効果的でなかったことも感じました。
 物語全体も「もう少し行ける」という感想です。上に組み合わせの面白さ、と書きましたが、その一つ一つはどれもどこかで聞いたような話で、これもチープな印象はぬぐえません。ただ、死刑囚Aの台詞の中にいくつかドキリとさせられる行が潜んでいました。油断してると突然ナイフで指されるような。冒頭に引用したものもその一つです。物語全体がもやもやと不穏な空気をまとっているからこそ、そうしたアフォリズムのような一言がくっきり浮き立っていたように感じます。死刑囚Aの演技も苦悩と狂気の入り混じるキャラクターをうまく演じていて、それらの台詞を強めていたと思います。